今日も雑談の部屋へようこそ!
「危うく三途の川を渡るところだったよ」
なんて言葉、たまに聞きますよね。
大病をしたり、大きな事故に遭ったりした人が、
「川の向こうで亡くなったおばあちゃんが手を振っていた」
なんて話をすることもあります。
日本人なら、おそらく一度は聞いたことがある**「三途の川」**。
死ぬとこの世とあの世の境目に大きな川があって、それを渡ると戻ってこられない……。
そんなイメージがあります。
でも、ふと考えてみると不思議です。
三途の川って、本当にあるのでしょうか?
そもそも誰が最初にそんなことを言い出したのでしょう。
そして、よく聞く「六文銭」は何のため?
川辺にいるという「奪衣婆」って何者?
今回は、知っているようで意外と知らない「三途の川」について雑談してみましょう。
そもそも「三途」って何?
まず気になるのが名前です。
なぜ「三途」なのでしょう。
仏教では「三途」または「三塗」という言葉があり、
地獄道・餓鬼道・畜生道
という三つの悪い世界、「三悪道」を意味する言葉として使われます。
地獄は火途、餓鬼は刀途、畜生は血途とも表現されました。
つまり、もともとの「三途」という言葉そのものは、必ずしも「川」という意味ではなかったんですね。
ところが後世になると、
死者があの世へ向かう途中に渡る川
というイメージと結びついていきます。
そして私たちがよく知っている「三途の川」が出来上がっていったのです。
実は「お釈迦様が三途の川を説いた」という単純な話ではない
ここが今回の重要ポイントです。
三途の川というと、
「仏教のお経に昔から書いてあるんでしょ?」
と思ってしまいます。
ところが、現在の日本人がイメージする、
「死者が川を渡る」
「生前の罪によって渡る場所が違う」
「川辺に奪衣婆がいる」
といった細かな三途の川の世界観は、初期仏教からそのまま伝わったものではありません。
中国で発達した十王信仰などの影響を受け、日本でもさまざまな信仰や説話と結びつきながら広まっていきました。
つまり三途の川は、
仏教思想+中国の死後世界観+日本の民間信仰
が長い時間をかけて混ざり合ったもの、と考えると分かりやすそうです。
日本では平安時代には登場している
では、日本人はいつ頃から三途の川を知っていたのでしょう。
三途の川に関係する記述は、平安時代初期、9世紀ごろ成立した『日本霊異記』にも見られるとされています。
さらに後世の『地蔵菩薩発心因縁十王経』、いわゆる「地蔵十王経」などによって、死後の世界についての具体的な物語が形作られていきました。
そして中世になると、こうした死後の世界観が庶民にも広まっていきます。
今のようにテレビもネットもありません。
お寺で説法を聞いたり、地獄絵を見たりしながら、
「悪いことをすると死んだあと大変なことになるぞ」
と教えられたのでしょう。
子どもの頃、
「悪いことすると地獄に落ちるよ!」
なんて言われませんでしたか?
あれの壮大な原型みたいなものかもしれません(笑)。
三途の川には「3つの渡り方」があった?
三途の川という名前については、もう一つ有名な説明があります。
それが、
川を渡る方法が三つあったから「三途」
というものです。
伝承では、生前の行いによって渡る場所が変わったとされます。
罪の少ない者は橋を渡ることができる。
罪の軽い者は浅いところを渡る。
そして罪の重い者は、流れの激しい深い場所を渡らなければならない。
なんとも分かりやすいシステムです。
生前の行いによって、
三途の川の難易度が変わる!
というわけです。
これは嫌ですね(笑)。
どうせなら橋を渡りたいものです。
三途の川は「死んですぐ」渡るわけではない?
これも意外です。
現在では、
死ぬ
↓
すぐ三途の川
↓
あの世
というイメージがありますよね。
しかし十王信仰の世界では、死者は死後に裁きを受けながら旅をしていくと考えられました。
三途の川は、その途中に登場します。
よく「初七日」という言葉を聞きます。
亡くなってから7日目に行う法要ですね。
死者はこうした節目ごとに十王の裁きを受け、最終的な行き先が決まっていく――という死後世界観がありました。
三途の川も、そうした「あの世への旅」の一場面だったのです。
川岸にいる怖いおばあさん「奪衣婆」
そして三途の川には、かなり強烈なキャラクターが登場します。
奪衣婆(だつえば)
です。
名前からして怖い。
「衣を奪う婆さん」ですからね。
三途の川を渡ってきた亡者から衣服を剥ぎ取るとされる鬼婆です。
そしてもう一人、
懸衣翁(けんえおう)
という老人が登場します。
奪衣婆が取り上げた衣服を、懸衣翁が「衣領樹」という木の枝に掛ける。
すると、その重さによって枝がしなる。
そのしなり具合から、
「この人は生前どれくらい罪を犯したのか」
を判断したというのです。
あの世の罪の重量測定ですね。
なかなかよくできた設定です。
「六文銭」が必要って本当?
三途の川といえば、もう一つ有名なのが、
六文銭。
昔の葬儀では、亡くなった人に六文銭を持たせる風習がありました。
これは三途の川を渡るための渡し賃と考えられています。
もちろん現在では本物のお金ではなく、紙に印刷した六文銭を棺に入れることがあります。
いわば、
あの世への交通費。
昔の人にとって死後の世界は、かなり具体的だったんでしょうね。
旅をするならお金が必要。
川を渡るなら渡し賃が必要。
死装束や杖なども含め、葬送の文化には「死者がこれから旅に出る」という考え方が色濃く残っています。
でも三途の川って本当にあるの?
さて、いよいよ本題です。
三途の川は本当にあるのでしょうか?
科学的・地理的な意味で、
「亡くなった人が必ず渡る川が実在する」
と確認されたわけではありません。
三途の川は基本的には、宗教・信仰・民間伝承の中に存在する川です。
しかし面白いのは、
「三途の川」と呼ばれている実在の川はある
ということ。
その代表格が青森県の恐山です。
恐山には本当に「三途の川」がある!
恐山といえば、日本三大霊場の一つとして知られる場所。
火山性の荒涼とした風景が広がり、昔から「あの世に近い場所」として信仰されてきました。
そして恐山には、本当に、
「三途の川」
と呼ばれている川があります。
宇曽利湖から流れ出す川で、そこには太鼓橋が架けられています。
さらに橋の近くには、
奪衣婆と懸衣翁
の像まであります。
もちろん、
「ここが本物のあの世への入口です」
という科学的な意味ではありません。
でも実際にその場所へ行って、荒涼とした恐山の景色の中で川を眺めると……。
昔の人が、
「ここはこの世とあの世の境目なのではないか」
と思った気持ちは、ちょっと分かるような気がします。
世界にも「死者が渡る川」がある
さらに面白いのが、
死後の世界に川があるという発想は、日本だけではない
ことです。
有名なのがギリシャ神話のステュクス川。
現世と冥界を隔てる川とされ、死者は渡し守カロンの船に乗って川を渡ります。
しかもカロンに渡し賃を払うため、古代ギリシャでは死者に硬貨を持たせる習慣がありました。
……あれ?
三途の川と六文銭に、ちょっと似ていますよね。
日本とギリシャ。
遠く離れた文化なのに、
「死後の世界との境界には川がある」
「その川を渡るにはお金が必要」
という似た発想が生まれた。
これは非常に興味深いところです。
なぜ「あの世との境界」は川なのか?
考えてみれば、川というのは昔の人にとって非常に分かりやすい「境界」です。
川のこちら側と向こう側。
一度渡れば別の土地。
しかも大きな川は簡単には渡れません。
だから、
こちら側=生者の世界
向こう側=死者の世界
というイメージが生まれるのは自然だったのかもしれません。
仏教でも私たちが生きている世界を**「此岸(しがん)」、悟りの世界を「彼岸(ひがん)」**と表現します。
「こちらの岸」と「向こうの岸」です。
お彼岸という言葉も、実は「岸」なんですね。
川を渡ることが、
一つの世界から別の世界へ移る
ことの象徴になっているわけです。
「三途の川を見た」という臨死体験は?
そして気になるのが、
「死にかけたときに川を見た」
という話。
日本では三途の川。
海外では川やトンネル、光、お花畑などを見るという臨死体験が語られることがあります。
これについては医学や脳科学の分野でも研究されていますが、
「本当に死後の世界を見ている」と科学的に証明されたわけではありません。
一方で、似たような体験を語る人が世界各地にいること自体は興味深い現象です。
脳が作り出しているのか。
文化的な記憶なのか。
それとも……。
ここから先は、科学だけでは簡単に答えの出ない世界です。
こういう「分からない部分」が残っているからこそ、三途の川の話は何百年経っても面白いのでしょう。
三途の川は「本当にある」のか?
さて、最初の疑問に戻りましょう。
三途の川は本当にあるのか?
現実世界のどこかに「あの世へ続く三途の川」が存在すると証明されているわけではありません。
しかし日本人の死生観の中には、
確かに何百年も流れ続けている川
とも言えるでしょう。
中国の十王信仰。
日本の仏教。
奪衣婆と懸衣翁。
六文銭。
此岸と彼岸。
そして恐山。
さまざまな宗教観や民間信仰が重なって、現在の「三途の川」の姿が作られてきました。
そう考えると三途の川とは、単なる「あの世にある怖い川」ではなく、
生と死を隔てる境界を、昔の人たちが分かりやすく表現したもの
なのかもしれません。
そして、もし本当にいつか渡る日が来るのなら……。
できれば激流ではなく、立派な橋のほうを渡りたいものです(笑)。
そのためにも、こちら側――此岸でちゃんと生きておきましょう。
三途の川を渡るのは、まだまだずっと先でいいですね。
ありがとう、また別の記事で。
