今日も雑談の部屋へようこそ!
最近、見なくなりましたよね。
霊柩車。
いや、正確には霊柩車そのものは今でも走っています。
私が言いたいのは、
屋根の上に金ピカのお寺みたいなものが乗っている、あの霊柩車!
黒くて大きな車。
後ろには立派な屋根。
金色の装飾。
彫刻まで施されている。
子どもの頃、道路を走っているのを見つけると、
「あっ!霊柩車!」
そして誰かが言うんです。
「親指隠せ!」
慌てて両手を握って、親指を中に入れる。
なぜ?
と聞けば、
「親の死に目に会えなくなるから!」
怖い!
子どもですから本気で隠しましたよ(笑)。
でも考えてみると不思議です。
なぜ親指なのでしょう?
そもそも、あの豪華な霊柩車はどうしてお寺みたいな形をしているのでしょう?
そして霊柩車といえば、もう一つ気になる話があります。
独特の演説芸で知られる、
鳥肌実さん。
「あの人、愛車が霊柩車だった」
なんて話を聞いたことありませんか?
これ、
本当なんです(笑)。
今回は、
霊柩車の歴史。
宮型霊柩車はなぜあの形なのか。
親指を隠す理由。
そして鳥肌実さんの自家用霊柩車まで。
ちょっと怖くて、かなり面白い、
日本の霊柩車の雑学
について調べてみましょう。
- そもそも霊柩車とは?
- 自動車がない時代、棺はどうやって運んだ?
- 大八車+輿が霊柩車のご先祖様
- 日本の霊柩自動車は大正時代に登場
- 大隈重信の葬儀にも「自動車+輿」
- なぜ霊柩車に「お寺」が乗っているの?
- 関東型・名古屋型・関西型まである!
- ところで「霊柩車を見たら親指を隠せ!」
- 実は江戸時代から親指を隠していた!
- なぜ「親指」なのか?
- 親指の爪から「魂」が出入りする?
- それが「親の死に目」に変わっていった?
- 昔は霊柩車を見ると合掌する人もいた
- そういえば最近、金ピカの霊柩車を見ない!
- 理由その1「目立ちすぎる」
- 理由その2「火葬場へ入れない?」
- そして鳥肌実さんの愛車は……本当に霊柩車だった!
- しかも普段使い!
- でも維持が大変すぎた!
- 霊柩車を自家用車にしてもいいの?
- 宮型霊柩車は日本の文化遺産なのかもしれない
- 親指を隠す必要はない。でも……
そもそも霊柩車とは?
まず基本から。
霊柩車は、
亡くなった方の棺を火葬場などへ運ぶための車。
現在の日本では、
宮型。
洋型。
バン型。
バス型。
などがあります。
「霊柩車」と聞いて我々が真っ先に思い浮かべる金ピカの車は、
宮型霊柩車
と呼ばれるものです。
ところが現在では、見た目が普通の高級車に近い、
洋型霊柩車
がかなり増えました。
だから街を走っていても、
「あ、霊柩車だ!」
と気づかないことが多いんですね。
自動車がない時代、棺はどうやって運んだ?
当然ですが、昔は霊柩車なんてありません。
では亡くなった人をどうやって墓地や火葬場へ運んだのでしょう。
基本は、
人の力です。
棺を担ぎ、
親族や地域の人たちが列になって墓地や火葬場まで歩く。
いわゆる、
葬列、野辺送り
です。
身分の高い人などの場合には、
輿(こし)
に棺を乗せて運ぶこともありました。
輿というと、時代劇に出てくる殿様の乗り物を思い浮かべますが、葬送用にも使われました。
この、
棺を納めた立派な輿
こそが、後の宮型霊柩車につながっていきます。
大八車+輿が霊柩車のご先祖様
やがて人が担ぐだけではなく、
大八車のような車輪の付いた台車に棺や輿を乗せるようになります。
全国霊柩自動車協会の資料には、
「棺車」
というものが紹介されています。
大八車の上に輿を乗せたもの。
屋根には破風。
側面には花や鳥などの彫刻。
写真を見ると、
「もう宮型霊柩車じゃないか!」
と思うくらい似ています。
つまり、
人が担ぐ輿。
↓
車輪を付けた棺車。
↓
自動車に載せる。
↓
宮型霊柩車。
という進化をしていったわけです。
日本の霊柩自動車は大正時代に登場
日本で霊柩自動車が登場するのは、
大正時代。
全国霊柩自動車協会によれば、大阪や中部地方では大正初期から霊柩自動車による営業が始まり、それが全国へ広がっていきました。
日本初期の霊柩車として有名なのが、
「ビム号」
です。
1917年(大正6年)、大阪の葬儀社がアメリカから霊柩自動車を導入した記録があります。
つまり当時の霊柩車は、
外国からやってきた最先端の自動車。
今では霊柩車というと古い風習を連想しますが、登場した当時はむしろ、
「すごい!自動車で葬儀をするのか!」
という、
最新技術だったわけです。
大隈重信の葬儀にも「自動車+輿」
1922年(大正11年)。
元総理大臣で早稲田大学の創設者として知られる、
大隈重信
の国民葬が行われました。
このとき、
トラックに輿を乗せたような車
が登場します。
まだ現在の宮型霊柩車のように車と屋根が完全に一体化していたわけではありません。
でも、
自動車。
そして日本古来の輿。
この二つが合体していく。
やがて昭和初期には、
我々の知っている、
「車の後ろに豪華な宮殿が乗った霊柩車」
へと進化していきました。
なぜ霊柩車に「お寺」が乗っているの?
子どもの頃から不思議でした。
「なんで車の上にお寺が乗ってるんだ?」
と(笑)。
あれは単に派手にするためではありません。
先ほど出てきた、
葬送用の輿
の形を自動車に受け継いだものなんです。
屋根は唐破風。
木彫りの彫刻。
金色の装飾。
欄干。
まるで小さなお寺や神社の建築物。
宮型霊柩車は、
日本の伝統的な葬送文化をそのまま自動車に乗せた乗り物
とも言えるわけです。
考えてみれば、ものすごく日本的な車ですよね。
高級車の後ろに、
日本建築。
世界中探しても、なかなかありません。
関東型・名古屋型・関西型まである!
さらに面白いのが、
宮型霊柩車にも地域差があること。
全国霊柩自動車協会では、
関東型
名古屋型
関西型
などを紹介しています。
名古屋型は黒檀を使うなど伝統的な形を色濃く残し、関西型では屋根まで国産ヒノキで作られたものがあります。
さらに、
金沢型
まであります。
金沢地方独特の宮型霊柩車で、現存車両は十数両という非常に珍しいタイプなのだとか。
霊柩車にまで、
ご当地仕様がある。
これは知りませんでした。
ところで「霊柩車を見たら親指を隠せ!」
さて。
ここから本題です。
子どもの頃、
言われませんでした?
霊柩車が来た!
「親指隠せ!」
ギュッ!
両手を握って、
親指を中へ。
理由を聞くと、
「親が早死にする」
「親の死に目に会えなくなる」
「親に不幸が起こる」
など。
地域によって微妙に違うようです。
もちろん、
科学的な根拠はありません(笑)。
完全に民間伝承、俗信です。
でも面白いのは、
この風習は霊柩車より古い
ということなんです。
実は江戸時代から親指を隠していた!
霊柩自動車が日本に登場したのは大正時代。
ところが、
「葬列を見たら親指を隠す」
という風習は、それより前からありました。
つまり、
霊柩車を見たから始まった迷信ではない。
もともとは、
葬列。
墓。
死。
疫病。
恐ろしいもの。
不安を感じるもの。
そうしたものに出会ったときに、
親指を握り込む
というまじないがあったんです。
それが自動車の時代になって、
「葬列を見たら親指を隠せ」
から、
「霊柩車を見たら親指を隠せ」
へ変化したと考えられています。
時代に合わせて迷信までアップデートされたんですね(笑)。
なぜ「親指」なのか?
ここが一番面白い。
まず分かりやすいのは、
親指=親
という連想。
だから、
「親を守るために親指を隠す」
という説明です。
親指を出していると、
親が早死にする。
親の死に目に会えない。
だから親指を守る。
子どもにも非常に分かりやすい話です。
でも民俗学の世界を調べてみると、
もっと古い考え方があります。
親指の爪から「魂」が出入りする?
江戸時代の随筆『松屋筆記』には、
左右の親指の爪の間から魂魄が出入りすると考えられていた
という趣旨の記述があります。
だから恐ろしいものや不吉なものに遭遇したら、
親指を握って隠す。
つまり、
魂の出入口を閉じる!
ということですね。
死者や災厄の影響が入ってこないように、
ギュッ。
なんとも昔らしい考え方です。
国立国会図書館のレファレンス協同データベースで紹介されている民俗学の研究でも、葬儀だけでなく、
疫病。
夜道。
狐。
猛犬。
カラス。
など、不安や恐怖を感じる場面で親指を隠す伝承が各地にあったとされています。
つまり、
親指を隠す=災いから自分を守るおまじない
だったんですね。
それが「親の死に目」に変わっていった?
昔は、
「親指は魂の出入口だから隠す」
だった。
ところが時代が進むと、
「親指」という文字の、
親
の部分が強調されるようになる。
そして、
親指を隠さない。
↓
親を守れない。
↓
親が早死にする。
↓
親の死に目に会えない。
そんな分かりやすい言い伝えに変化していったとも考えられます。
昔の人が子どもに、
「魂魄が親指の爪から云々……」
なんて説明しても、
「???」
でしょうからね(笑)。
「親が早死にするぞ!」
と言われたら、
速攻で親指を隠します。
私も隠します(笑)。
昔は霊柩車を見ると合掌する人もいた
全日本葬祭業協同組合連合会のコラムに、面白い話があります。
宮型霊柩車を運転していると、
沿道のお年寄りが、
霊柩車に向かって合掌する。
一方で子どもたちは、
慌てて親指を隠す。
そんな光景があったそうです。
知らない人の葬儀でも、
霊柩車が通れば手を合わせる。
考えてみれば、
これも日本らしい風景ですね。
霊柩車は単なる特殊車両ではなく、
街を走る「死の象徴」
でもあったのでしょう。
そういえば最近、金ピカの霊柩車を見ない!
ここまで読んで、
「そういえば最近あの霊柩車見てないな」
と思いませんか?
私もそうです。
宮型霊柩車は、
かなり減っています。
代わって増えているのが、
洋型霊柩車。
黒い高級車やワゴンを長くしたような、比較的シンプルなデザインです。
遠目には普通の車とあまり変わりません。
ではなぜ、
あれほど目立っていた宮型が減ったのでしょう。
理由その1「目立ちすぎる」
昔は、
葬儀は地域全体の行事でした。
家から棺を出し、
近所の人も見送る。
葬列を組む。
霊柩車も、
豪華であることに意味があった。
ところが現在は家族葬も増え、
「なるべく静かに送りたい」
「近所に大げさに知らせたくない」
という人も増えています。
そこへ、
金ピカ!
彫刻!
唐破風!
巨大な宮型!
……。
目立ちます(笑)。
現代の葬儀の価値観とは、少し合わなくなってきたわけです。
理由その2「火葬場へ入れない?」
さらに大きな理由として、
宮型霊柩車の乗り入れを自粛・制限する火葬場が出てきたこと
があります。
地域住民への配慮などから、目立つ宮型の使用を控えてほしいというケースがある。
せっかく立派な宮型霊柩車を持っていても、
火葬場へ入れない。
これでは葬儀会社も使いにくい。
結果として、
シンプルな洋型へ移っていきます。
そして鳥肌実さんの愛車は……本当に霊柩車だった!
さて。
ここで話は急に変な方向へ行きます(笑)。
鳥肌実さん。
独特の軍服姿と演説芸で知られる芸人です。
この人には昔から、
「愛車が霊柩車」
という伝説がありました。
鳥肌実さんですから、
「どうせ芸人としての設定でしょ?」
と思いますよね。
ところが2022年の文春オンラインのインタビューで本人が、
実際に宮型霊柩車を自家用車として所有していた
ことを語っています。
しかも車は、
1970年式リンカーン。
そこへ宮型の装飾。
さらに鳥肌さん自身が、
狛犬。
十二神将。
などまで追加したそうです。
もう、
普通の宮型霊柩車より濃い(笑)。
しかも普段使い!
さらにすごいのが、
営業用ではありません。
自家用車。
本人によると、練馬の陸運局へ自分で持ち込み、
「通勤で普段使いする」
と主張して、
白ナンバーの3ナンバー
で登録したそうです。
通常、葬儀業者が遺体を有償で運ぶ霊柩車は営業用車両です。
でも鳥肌さんの場合、
遺体を運ぶためではない。
本人を運ぶため(笑)。
だから自家用。
そしてその霊柩車で、
全国ツアーまで回っていた。
高速道路のサービスエリアに宮型霊柩車が入ってきて、
中から鳥肌実さんが降りてきたら……
ちょっと見てみたいですね(笑)。
でも維持が大変すぎた!
ただし、
宮型霊柩車を自家用にする。
そんな簡単な話ではありません。
まず、
駐車場を貸してもらえない。
「縁起が悪いからダメ」
と断られたそうです。
そのため霊柩車用の倉庫が必要。
さらに1970年式のリンカーンです。
古いアメリカ車。
故障する。
宮型の装飾が重い。
後ろのサスペンションにも負担がかかる。
そして維持費もかかる。
結局、鳥肌さんは、
手放してしまいました。
本人によれば売ったのではなく、廃車にするのに逆にお金がかかったそうです。
つまり、
「鳥肌実の愛車は霊柩車?」
への答えは、
昔、本当に乗っていた。でも現在は手放している。
です。
噂だと思っていたら、
本当でした(笑)。
霊柩車を自家用車にしてもいいの?
では普通の人が中古の霊柩車を買って、
「俺も乗ってみよう!」
というのは可能なのでしょうか。
ここは少し整理が必要です。
霊柩車という車体そのものを個人所有することと、
料金を受け取って遺体を運ぶ「霊柩運送事業」
は別の話です。
全国霊柩自動車協会によれば、有償で遺体を運送する霊柩運送事業には許可が必要で、
自家用の白ナンバー車で営業として遺体を運送することはできません。
鳥肌さんの場合は、
あくまで自分が乗るための自家用車。
そこがポイントなんですね。
しかし……
個人的にはおすすめしません(笑)。
駐車場探しから大変そうです。
宮型霊柩車は日本の文化遺産なのかもしれない
昔は普通に見かけた宮型霊柩車。
でも今では、
「あれ?最後に見たのいつだろう?」
という存在になりました。
子どもたちは、
霊柩車を見ても親指を隠さない。
そもそも、
霊柩車だと気づかない。
黒い高級車が静かに火葬場へ向かっていく。
葬儀のあり方が変われば、
霊柩車の姿も変わる。
当然のことです。
でも、
大八車。
輿。
葬列。
大正時代の自動車。
宮型霊柩車。
そして現在の洋型霊柩車。
こうして歴史を追っていくと、
霊柩車は単なる「棺を運ぶ車」ではありません。
日本人が死者をどう送り出してきたかを形にした乗り物
なんですね。
親指を隠す必要はない。でも……
というわけで、
霊柩車を見たら、
親指を隠さなければならない?
もちろん、
そんな必要はありません。
隠さなかったから親が早死にするという科学的根拠もありません。
ただ、
「葬列を見たら親指を隠す」
という風習は、霊柩車が登場するよりはるか前から存在していた。
災いや死から自分や家族を守りたい。
親には長生きしてほしい。
そんな昔の人たちの気持ちが、
親指をギュッと握る
という小さな仕草になったのでしょう。
そう考えると、
ただの迷信だから馬鹿馬鹿しい、
とも言い切れません。
昔の人の、
「家族には無事でいてほしい」
という願いが残ったものなのかもしれません。
そして、
金色の宮型霊柩車。
あれもいつか完全に街から姿を消してしまうかもしれません。
もし今度見かけたら、
「あっ!霊柩車!」
と写真を撮る前に、
ちょっとだけ思い出してみてください。
大八車から始まった日本の葬送文化。
豪華な輿。
大正時代のビム号。
宮型霊柩車。
そして、
1970年式リンカーンの霊柩車で全国を走り回った鳥肌実(笑)。
ずいぶん濃い歴史です。
さて、そのとき親指をどうするか?
私は……
昔の癖で、
やっぱりちょっと隠してしまいそうです(笑)。
ありがとう、また別の記事で。
