今日も雑談の部屋へようこそ!
日本で一番高い山は?
と聞かれれば、
富士山!
これは小学生でも知っています。
標高は、
3,776メートル。
日本を代表する山であり、日本人なら富士山の姿を見ただけで、
「おおっ!」
となってしまう。
お正月には、
一富士二鷹三茄子。
銭湯の壁にも富士山。
新幹線から富士山が見えれば、
大人でもちょっと嬉しい(笑)。
でも、
そんな誰もが知っている富士山について、
ちょっと質問です。
富士山の山頂って何県?
山梨県?
静岡県?
さらに、
富士山って最後にいつ噴火したの?
そして、
なぜ「霊峰富士」と呼ばれるの?
山頂には神社まであります。
今回は知っているようで意外と知らない、
霊峰・富士山
について雑談してみましょう。
- まず富士山の山頂は何県?
- 山梨県民と静岡県民、どっちの富士山?
- でも八合目から上は神社の土地?
- 富士山は「活火山」です
- 富士山が最後に噴火したのはいつ?
- 宝永噴火は山頂から噴火したわけではない
- 江戸にまで火山灰が降った!
- 宝永噴火の少し前には巨大地震があった
- そもそも富士山は一つの山ではなかった?
- 富士山には約100もの側火山がある
- では、なぜ「霊峰富士」と呼ぶの?
- 富士山の神様は誰?
- 富士山を祀る「浅間神社」
- 山梨側にも重要な浅間神社がある
- 富士山頂にも神社がある!
- 昔の人は富士山頂を「あの世」に近い場所と考えた?
- 「御来光」も単なる日の出ではなかった
- お鉢めぐりにも信仰の意味がある
- 江戸時代には「富士講」が大ブーム!
- 富士山はなぜこんなに日本人を惹きつけるのか?
- 葛飾北斎も富士山を描きまくった
- 2013年には世界文化遺産へ
- 富士山は「静かな山」ではない
- 新幹線から見えると、なぜか写真を撮ってしまう(笑)
- 富士山頂は何県?の答えは意外と深かった
まず富士山の山頂は何県?
富士山は、
山梨県と静岡県
にまたがっています。
だから山頂も、
「半分が山梨県、半分が静岡県じゃないの?」
と思いますよね。
ところが、
これが面白い。
国土地理院によると、
富士山頂の行政界は未確定。
つまり、
「富士山の山頂は何県ですか?」
という質問には、
山梨県とも静岡県とも決まっていない!
というのが正確な答えなんです。
日本一有名な山なのに、
山頂の県境が決まっていない。
面白いでしょう(笑)。
山梨県民と静岡県民、どっちの富士山?
これは昔からありますね。
山梨側から見る富士山。
静岡側から見る富士山。
それぞれ、
「こっちから見る富士山が一番きれい!」
と言いたくなる(笑)。
山梨側には、
富士五湖。
富士吉田。
河口湖。
山中湖。
などがあります。
静岡側には、
富士宮。
御殿場。
裾野。
などがある。
どちらから見ても、
もちろん富士山。
ところが山頂へ行くと、
県境が確定していない。
なんとも不思議です。
でも八合目から上は神社の土地?
ここでさらに話が面白くなります。
富士山の八合目以上のかなりの部分は、
富士山本宮浅間大社
の境内地です。
江戸時代の1779年、
幕府が八合目以上を浅間大社へ寄進したとされています。
その後、明治時代には国有地となりましたが、
戦後、
「これは神社の土地ではないのか?」
という問題になります。
長い裁判の末、
1974年の最高裁判決などを経て、
浅間大社側の所有が認められました。
つまり、
「山梨県か静岡県か」
という行政界は決まっていない一方、
山頂部には、
神社の境内地
が広がっている。
日本一の山らしい、
なんとも壮大な話です。
富士山は「活火山」です
さて、
美しい富士山。
雪をかぶった姿を見ると、
とても穏やかな山に見えます。
でも忘れてはいけません。
富士山は、
活火山です。
「えっ、300年以上噴火してないのに活火山なの?」
と思いますよね。
現在の活火山の定義では、
おおむね過去1万年以内に噴火した火山や、現在も活発な噴気活動がある火山などが該当します。
富士山は当然、
現役の火山。
気象庁も24時間体制で観測する「常時観測火山」の一つとしています。
見た目は静かでも、
火山として死んでいるわけではないんですね。
富士山が最後に噴火したのはいつ?
富士山の最後の噴火は、
1707年。
江戸時代です。
有名な、
宝永噴火。
宝永4年11月23日、
現在の暦では、
1707年12月16日。
富士山の南東斜面から大規模な噴火が始まりました。
つまり2026年現在、
最後の噴火から300年以上。
ただし、
「300年以上噴火していない」
から、
「もう噴火しない」
という意味ではありません。
宝永噴火は山頂から噴火したわけではない
富士山の噴火というと、
あの山頂の火口から、
ドカーン!
と噴火する姿を想像します。
ところが宝永噴火は、
山頂ではありません。
南東側の山腹に新しい火口が開きました。
それが、
宝永火口。
現在でも富士山の静岡側から見ると、
山腹に大きくえぐれたような場所があります。
あれが宝永噴火の痕跡です。
そして噴火によって、
宝永山
も形成されました。
江戸にまで火山灰が降った!
宝永噴火は、
かなり大規模でした。
大量の、
軽石。
スコリア。
火山灰。
などを噴き上げます。
噴火は約16日間続き、
火山灰は偏西風に乗って、
なんと、
江戸にまで到達。
現在の東京ですね。
富士山から江戸まで、
直線距離で100キロほどあります。
それでも火山灰が降った。
当時の記録には、
昼間でも暗くなった様子などが残されています。
さらに神奈川県方面にも大量の火山灰が降りました。
今同じ規模の噴火が起きたら……
東京。
神奈川。
千葉。
首都圏の交通。
電気。
水道。
物流。
コンピューター。
大変なことになります。
宝永噴火の少し前には巨大地震があった
さらに興味深いことがあります。
宝永噴火の約49日前、
1707年10月28日。
巨大な、
宝永地震
が発生しています。
南海トラフ沿いで起きた巨大地震と考えられています。
そしてその約7週間後、
富士山が噴火。
巨大地震が富士山のマグマ系に何らかの影響を与えた可能性が研究されています。
もちろん、
「大地震が来たら必ず富士山が噴火する」
という単純な話ではありません。
でも、
地球の中では、
私たちが想像する以上にいろいろな現象がつながっているんでしょうね。
そもそも富士山は一つの山ではなかった?
現在の富士山は、
最初からあの美しい形だったわけではありません。
気象庁によると、
富士山は、
小御岳火山
古富士火山
そして、
新富士火山
などの活動を重ねて現在の姿になった火山です。
つまり、
長い年月をかけ、
何度も噴火を繰り返し、
溶岩や火山灰などが積み重なって、
現在の富士山になった。
あのきれいな円錐形は、
火山活動が作り上げた芸術作品
みたいなものなんですね。
富士山には約100もの側火山がある
しかも富士山は、
山頂だけに火口があるわけではありません。
気象庁によれば、
富士山周辺には、
約100もの側火山
があります。
宝永火口もその一つ。
青木ヶ原樹海を生み出すことになった貞観噴火など、
過去には山腹から溶岩が流れ出したこともあります。
ですから、
「もし次に噴火するとしたら山頂から」
とは限らない。
富士山は、
見た目以上に巨大な火山なんです。
では、なぜ「霊峰富士」と呼ぶの?
富士山には、
霊峰富士
という呼び方があります。
「日本一高くて美しいからでしょ?」
もちろんそれもあるでしょう。
でも富士山は古くから、
神が宿る山
として信仰されてきました。
昔の人にとって、
噴火する山は恐ろしい存在です。
突然、
煙を上げる。
火を噴く。
地面が揺れる。
溶岩が流れる。
現代なら、
「火山活動ですね」
と説明できます。
でも昔の人からすれば、
「山の神が怒っている」
と考えても不思議ではありません。
恐ろしい。
だからこそ、
敬う。
祈る。
これが富士山信仰の始まりの一つだったのでしょう。
富士山の神様は誰?
富士山信仰で非常に重要なのが、
浅間大神(あさまのおおかみ)。
そして富士山本宮浅間大社では、
木花之佐久夜毘売命
(このはなのさくやひめのみこと)
を主祭神として祀っています。
コノハナサクヤヒメ。
名前だけでも美しい。
日本神話に登場する女神です。
桜の花が咲くような美しさを象徴する神ともされます。
そして火の中で出産したという神話を持つことなどから、
火山である富士山と結びついていったと考えられています。
美しいけれど、
内側には猛烈な火を持っている。
そう考えると、
富士山そのものみたいですね。
富士山を祀る「浅間神社」
富士山の周辺には、
浅間神社
が数多くあります。
「せんげんじんじゃ」
と読むことが多いですね。
その総本宮とされるのが、
静岡県富士宮市にある、
富士山本宮浅間大社。
全国にある浅間神社の中心的存在です。
朱塗りの立派な社殿があり、
境内には、
湧玉池
があります。
富士山の雪解け水が地下を通り、
湧き出している池です。
昔の富士登山者は、
ここで身を清めてから、
富士山へ向かったといいます。
つまり、
昔の富士登山は、
現在のような、
「日本一高い山へ登ってみよう!」
というレジャーだけではありません。
信仰の旅。
だったんですね。
山梨側にも重要な浅間神社がある
もちろん山梨側にも、
富士山信仰の重要な神社があります。
有名なのが、
北口本宮冨士浅間神社。
現在の富士吉田市にあります。
吉田口登山道の起点として、
富士山信仰と深く結びついてきました。
昔の人は、
神社へ参拝して、
身を清め、
そこから富士山へ登る。
つまり、
登山=参拝。
富士山の頂上を目指すこと自体が、
信仰だったわけです。
富士山頂にも神社がある!
そして、
山頂にもあります。
富士宮口を登った先には、
富士山本宮浅間大社奥宮。
さらに吉田口・須走口側の山頂には、
久須志神社。
があります。
標高3,700メートルを超える場所に神社。
すごいですよね。
浅間大社奥宮では、
開山期間中には神職が奉仕します。
参拝したり、
御朱印をいただいたりすることもできます。
つまり富士山登山は今でも、
山頂の神社への参拝
という側面を持っているんです。
昔の人は富士山頂を「あの世」に近い場所と考えた?
富士山頂には、
独特の宗教的な世界があります。
巨大な火口。
荒々しい溶岩。
雲より上の世界。
地上とはまったく違う風景。
昔の人が、
「ここは神仏の世界なのではないか」
と思ったのも分かる気がします。
山頂の火口は、
内院
と呼ばれました。
周囲の峰々は、
八葉・八峰
などと呼ばれ、
山頂全体を仏教の曼荼羅の世界になぞらえる考え方もありました。
今なら、
「絶景だ!」
とスマホで写真を撮るところですが(笑)、
昔の人にとっては、
本当に、
この世とは違う神聖な場所
だったのでしょう。
「御来光」も単なる日の出ではなかった
富士山といえば、
御来光。
夜中に登って、
山頂で日の出を見る。
現在でも大人気です。
でも、
なぜ普通の「日の出」ではなく、
「御来光」
なのでしょう。
これはもともと、
日の出や光の現象を、
仏の来迎
として拝んだ信仰に由来します。
つまり、
「わあ!きれいな朝日!」
だけではない。
昔の登山者にとって、
山頂で光を拝むことは、
神仏と出会う宗教的な体験
でもあったわけです。
そう考えると、
「御来光」
という言葉の重みが少し変わります。
お鉢めぐりにも信仰の意味がある
富士山頂では、
火口の周囲をぐるっと一周する、
お鉢めぐり
があります。
「火口がお鉢みたいだから、お鉢めぐり」
と思いますよね。
現在ではそういう説明もされますが、
かつて山頂の峰々は「八葉」と考えられ、
八葉めぐり
として宗教的な巡拝が行われていました。
つまりこれも、
単なる山頂散歩ではなかった。
山頂にある神仏の聖地を、
順番に巡っていたんですね。
江戸時代には「富士講」が大ブーム!
江戸時代になると、
富士山信仰は庶民へ大きく広がります。
その代表が、
富士講。
富士山を信仰する人たちがグループを作り、
お金を出し合い、
代表者などが富士登山へ向かいました。
当時、
江戸から富士山へ行くのは、
今のように車で、
「ちょっと五合目まで」
なんてわけにはいきません。
歩いて向かう。
そして登る。
大変な旅です。
だから富士登山は、
一生に一度の特別な巡礼
でもありました。
「富士山に一度も登らぬ馬鹿、二度登る馬鹿」
なんて言葉がありますが、
一度は登ってみたい。
でも二度目は……
あの大変さを知ってるのにまた行くの?(笑)
という意味でしょう。
富士山はなぜこんなに日本人を惹きつけるのか?
考えてみれば、
日本には高い山がたくさんあります。
でも、
富士山は別格。
なぜでしょう。
まず、
形が美しい。
ほぼ左右対称の円錐形。
そして、
周囲に同じくらい高い山がない。
だから遠くからでも、
一目で分かる。
さらに、
日本一高い。
噴火する。
雪をかぶる。
神が宿る。
信仰の対象になる。
浮世絵になる。
和歌になる。
絵画になる。
文学になる。
そして現代では、
写真。
観光。
登山。
新幹線の車窓。
とにかく、
日本文化のいろいろなところに、
富士山が出てくる。
単なる山ではなく、
日本人の中にある、
一つの象徴
なんでしょうね。
葛飾北斎も富士山を描きまくった
富士山を芸術として有名にした人物といえば、
葛飾北斎。
代表作、
『冨嶽三十六景』。
有名な、
「神奈川沖浪裏」
もこのシリーズです。
巨大な波。
小さな舟。
その奥に、
富士山。
さらに、
「凱風快晴」。
いわゆる、
赤富士。
今から200年近く前の江戸時代にも、
富士山は日本を象徴する存在でした。
面白いのは、
北斎は富士山だけを大きく描くのではなく、
庶民の生活の中に、
遠く富士山を置いていること。
江戸の人たちにとっても、
富士山は、
日常の向こうにある特別な山
だったのでしょう。
2013年には世界文化遺産へ
富士山は、
2013年、
ユネスコの、
世界文化遺産
に登録されました。
ここ、
「自然遺産じゃないの?」
と思いませんか?
富士山は自然そのものが美しい。
でも登録されたのは、
文化遺産。
正式名称は、
「富士山―信仰の対象と芸術の源泉」
です。
つまり評価されたのは、
山の美しさだけではありません。
富士山信仰。
登拝。
浅間神社。
富士講。
北斎などの芸術。
日本人が長い歴史の中で、
富士山とどう関わってきたのか。
その文化全体が評価されたんです。
これこそ、
霊峰富士
なんですね。
富士山は「静かな山」ではない
普段、
遠くから富士山を見ると、
本当に静かです。
雪をかぶって、
堂々としている。
でも歴史を見ると、
全然静かではありません(笑)。
何度も噴火した。
溶岩を流した。
火山灰を降らせた。
人々は恐れた。
だから祈った。
神社を建てた。
山へ登った。
御来光を拝んだ。
その姿を絵に描いた。
歌を詠んだ。
そして今でも、
日本人は富士山を見ると、
ちょっと嬉しくなる。
富士山というのは、
自然・災害・信仰・芸術・歴史が全部一緒になった山
なんですね。
新幹線から見えると、なぜか写真を撮ってしまう(笑)
これだけ富士山について書いてきましたが、
結局、
日本人と富士山の関係を一番よく表しているのは、
これじゃないでしょうか。
新幹線に乗る。
窓を見る。
富士山が見える。
すると、
「おっ!富士山!」
何度も見ているのに、
スマホを出す(笑)。
別に、
昨日まで富士山のことを考えていたわけではありません。
でも見えると嬉しい。
天気が悪くて見えないと、
ちょっと残念。
外国から来た観光客だけではありません。
日本人も普通に撮っています。
富士山には、
何かそうさせる力があるんでしょうね。
富士山頂は何県?の答えは意外と深かった
というわけで、
最初の質問へ戻ります。
「富士山の山頂は何県?」
答えは、
山梨県でも静岡県でもなく、
行政界が未確定。
そして山頂部には、
富士山本宮浅間大社の境内地があります。
次。
「最後に噴火したのはいつ?」
答えは、
1707年の宝永噴火。
2026年現在、
300年以上噴火していません。
しかし富士山は今でも、
活火山。
そして、
「富士山を祀る神社は?」
代表的なのが、
全国の浅間神社の総本宮とされる、
富士山本宮浅間大社。
山頂には、
浅間大社奥宮と久須志神社
があります。
主祭神は、
木花之佐久夜毘売命。
こうして見ていくと、
富士山は単なる、
「標高3,776メートル、日本一高い山」
ではないんですね。
火を噴く山を恐れ、
神として敬い、
命がけで登り、
山頂で日の出を拝み、
その姿を絵に描き、
歌を詠み、
何百年も眺め続けてきた。
それが、
霊峰・富士山。
だから今でも、
遠くに富士山が見えただけで、
「あっ、富士山!」
と言ってしまうのかもしれません。
日本一高いだけじゃない。
調べれば調べるほど、
日本一、話のネタが多い山
かもしれませんね(笑)。
そして、
もし今度富士山を見る機会があったら、
ちょっと山頂を眺めてみてください。
「あそこって山梨県?静岡県?」
答えは、
まだ決まっていません(笑)。
その下には、
300年以上静かにしている巨大な活火山。
そして山頂には、
昔から人々が祈りを捧げてきた神社がある。
そう思って眺めると、
いつもの富士山が、
ちょっと違って見えるかもしれません。
ありがとう、また別の記事で。
